あんちゃんをみました

 

あんちゃんの感想はもうたくさんの方があらゆる角度から書いていると思うし、1回しか見ていない(1回見られたということがどれだけ有難いかはわかっているつもりです)わたしには考察やらといったむつかしいことは出来ないので、忘れたくない一個人の感情だけふわふわ書いておきたいと思います。

 

そういえば、昨夜Twitterの設定をひさしぶりに触っていたら、"ちくわぶ"と"ランドセル"という単語がミュートに設定されていて、胸がきゅっとしました。みんなちくわぶの話しないな〜と思っていたら自己責任でした。千穐楽がもう終わるな、と時計を見て思ったときからそわそわはしていたのだけど、どうしようもなく切ない気持ちになるのはそんな何気ないきっかけだったりしますね、いつも。

北山くんの主演舞台のニュースを寝起きで見て全身に力が漲ったこと、おめでたくてその日にジャニショに行ったこと、FCでチケット確保出来なかったときの絶望感、別ジャンルのオタク友達も手伝ってくれたおかげで一般のチケットを手に入れられたこと、とにかくレポを避けたくて(Twitterやめれば?)無意識に北山くんという単語までミュートしてタイムラインがまったく動かなくなったこと(Twitterやめれば?)、ぜんぶ懐かしいなあとしみじみ思う。北山くんが表紙のベスステやステスクが発売されたことも、あんちゃんを記念した(だったよね?)POTATOもすべてひっくるめて楽しかったなあ。

普段からライブやコンサートの類は頻繁に参加するわたしだけど、いわゆる舞台といったものは初めてだった。ずっと女性アイドルを好きでいるのにコンサートに行くことはなかったわたしをアイドルのコンサートに連れて行ってくれたのも、初めての舞台を経験させてくれたのも北山くんで、これからも見たことのない景色に連れて行ってくれるであろうその背中を逞しく思います。キスマイに囲まれているとなんだか(物理的に)ちっちゃいけれど、お姉ちゃんたちやお母さんの女性陣に囲まれると当たり前におっきくてしっかりした凌くんの背中がとても好きで、世の中で最高にかっこいい男だと思ったよ。わたしはいまこんなことを書いてて泣きそうだし恥ずかしいよ!w

 

わたしが見たのは森ノ宮ピロティホールに立つ北山くんで、グローブ座に立つ姿も見たかったところはあるのだけど、思えば北山くんが東京で凌くんを演じている1ヵ月、わたしはこれまでの人生で1.2を争うくらい忙しくて、精神的にも追い詰められていたわけで。そんななか毎日のように明確に「きょうは昼夜公演なんだな〜わたしもがんばろう」と思えるのは励みだった。ほら、わたし遠距離ポスター大好きだから(知らん)、「どこかで君も今 頑張っているのだろう 僕だけ弱音なんか 言えなくなる」的なアレです。アイドルのための人生ではなく、人生のためのアイドルというスタンスを保っていたいという謎の美学の元に生きているけれど、わかりやすくアイドルに夢と希望をもらっていた1ヵ月だったと思う。

前置きが長くなったし、大概ポエムではあるけれど、観劇した日の綺麗な月や遠くから聞こえる花火の音がぜんぶ北山くんのために思えたことは事実なので仕方がない。誠に遺憾。(???)

 

 

北山くん…というより凌くんが最初に放つ「24年」という一言。その最初の一言までがなんだかとても長く思えて。そしてその第一声がいつもわたしの聞いている北山くんの声とは違って、ものすごくドキッとして、なんだか背筋が伸びた。思えばずっと声が好きだった。優しい声も、怒った声も、切ない声も。小学生時代を演じているときも、30歳の凌くんのときも、ぜんぶ好きだった。

北山くんの曲によってガラリと変わる歌声が大好きで、また聴いたことない声で歌ってるなと思わされるのが楽しいという普段があるのだけど、また声が好きだという感情がぶわっと増してしまった。北山くんの滑舌良くて、聞き取りやすくて、魅力的で、ころころと変わる、その声がとても好き。

 

自身が観劇する前に、雑誌等で小学生を演じる北山くんの写真はいくつか見たのだけど、そのときの感想は「かわいい!さすが童顔!」みたいなものだったと思う。でも実際目の前で見たら、当たり前のようにそこに小学生の凌くんとして存在していて、かわいいと思う隙がなかった。かわいくなかったとかいう話ではなく、そう思う隙がなかった。や、かわいいんだけど。事実わたしが観劇したのはつい3日前なのに、北山くんを見てきたという感覚がほぼないことがなによりだと思っています。これ意味伝わってる?(笑)

 

「人の為と書いて偽りと読む」ということに関しては、5年前くらいにそのことに気が付いてなんでだろうと考えていた時期があったことを思い出した。そのときは「人にプレゼントをあげるのはそのひとが喜ぶ姿を見て結果的にわたしが嬉しくなりたいわけだし、結局のところ自分のためってことかな」と思って終わったような覚えがあるのだけど(余談が過ぎる)

そのセリフの後、お姉ちゃんたちと言い合う場面の凌くんの表情、感情が溢れ出すかのような怒った口調、特に忘れたくないシーンのひとつだな。わたしにとって1番印象深い場面だったかなあ。人の為だと思ってやったことが、相手を喜ばせる結果になるとは限らないし、結局は自分の為なのかもしれない。もしかしたら自分を正当化するために人の為だという建前を使うのかもしれない。

 

「お前は、誰かの、何かのせいにしてきたんだよ。」というキャッチコピー、フライヤーだけ見て勝手に凌くんに向けられたものだと思っていたけれど、家族みんなが誰かの、何かのせいにして生きているのかなと。凌くんはそのなかで静かに色々なことと向き合ってきたんだろうな。もちろん、人のせいにすることだってあっただろうけど。

自分の人生をいくらでも変えられる状況にいても、誰かのせい、この場合だとお父さんのせいで!といつまでも言っていた方が楽なことだってあるよね。例えば、お姉ちゃんたちは高校や塾に行く許可がお母さんからおりていたわけだし。わかる、とてもわかるから見ていて苦しいし、なんとなく少しだけ耳が痛いような気分にもなる。

テレガイ(北山くんに飴しゃぶらせがち)のインタビューだったかな、何かのせいにするのは自分にあまりない感覚だというようなことを北山くんが言っていて「聖人かな???」と思ったことが記憶に新しい。(わたしが情けないだけなのか?)

 

北山くんがインタビューで「ネガティブな部分を胸に秘めつつ、もがいたりしながら最終的にポジティブなところに達していればいい(ニュアンス)」と言っていて、この人のこういうところ好きだなあと思っていた。

北山くんのことを陽のエネルギーを強く放っている人だとするなら、凌くんは一見陰の部分が強いのかもしれない。でもきっと北山くんは、内側に陰の部分も秘めていて、それが陽の部分を強く照らして、陽が強く全面に出てくる人なのかもなあ、と凌くんを演じているのを見てぼんやり思った。ただ陽気でポジティブな人だと思っていたわけではないけれど、自分のなかの陰の部分こそが陽のエネルギーを増幅させているひとなのかなあと。

 

わたしはリアル長女かつ兄弟は下にしかいないので、どうしても長女である冴の気持ちを無意識に汲んでしまうところが大きかったのだけど、凌くんにもかなり感情移入してしまったかな。

見てて苦しい場面も多くて、何回も思わず唾を飲んだなあ。わたしはほんとうにかわいくないので、初日のめちゃくちゃ泣けます!みたいなレポを沢山見た時点で「そういうこと言われると泣かなきゃいけない気がして泣けなくなるよ」と思っていたのだけど、途中からずっと静かに泣いていた。周りの人もみんな泣いていた。そしてなんとなく、なんとなくだけど帰り道1人で電車に揺られながら、母親と一緒に見に来てもよかったかなあ、一緒に見てたらなんと言うかなあ、と考えたりしていた。

 

にこにこ笑顔だったのにお母さんが背を向けた瞬間悲しい表情に変わるときに胸がきゅっとなったことも、あんちゃんになるんだよって言われたときのキラッキラの笑顔も、ビールを飲んだあとのプハーッというおいしそうな目も表情も、カーテンコールでうんうんと頷きながら扉を閉める"北山宏光"も、数日前のことだから今は鮮明に思い出せるけど、いつか忘れちゃうのかなあと思うと切ない。桜は散るから美しい的なことなのかもしれないけど。

ああ、いろんな感情すべてひっくるめて、北山くんって見ていて本当に楽しい!!!!!

 

唯一の後悔としては、リバーシは対戦相手がいないと出来ないゲームであるという当然のことに、帰ってから気付いたということ!!!誰かわたしと一緒にキタミツリバーシしてください!!!おわり!!!